毎日が母曜日

3児の母の「ぞうかあさん」が綴る、日々の育児で思うこと。

一人っ子のお母さんへ

こんにちは。

3人の子象の母さん「ぞうかあさん」です。

今では3児の母のぞうかあさんですが、
以前は「一人っ子のお母さん」でした。
その期間は7年間。

その間、
一人目の子どもと同い年のお母さんに、二人目ができたこともありました。

また、
「二人目は?」
という、よくある質問も、よく受けました。
時には、
「一人っ子じゃ、かわいそう」
というニュアンスの言葉をかけられることもありました。

正直、大きなお世話だと思ったこともありました。
ぞうかあさんの子どもが何人であろうと、その人達の人生に影響があるとは思えませんから、ね。

そこまで、露骨でなくても、
「きょうだいっていいよー」
「たいへんだけど、きょうだいで遊んでいるの見ると、あー子ども産んでよかった、って思うよ」
と、こちらが聞いてもいないのに、きょうだいの押し売り的な宣伝トークを聞いたりすることもありました。

そういう時、ぞうかあさんは未知の世界を否定することもできません。
曖昧に、当たり障りのない返事をしていました。
「二人目、そうですねー、いい時期に来てくれたらいいですね〜」
「まあ、きょうだいっていいね」
という具合に、です。

一人っ子お母さんの、ほとんどがそう受け答えするのではないでしょうか。

それぞれの家庭の事情もあります。
授かりものですから、どうしても自分達の力ではどうにもならない時があります。

それに、
「一人っ子より、きょうだいがいる方がいい」
と強調するのは、一人っ子お母さんにも、その子にも失礼だと思うんですね。
まるで、その親子が不完全だと言いたいのかというようにも感じてしまいます。

ぞうかあさんの祖母が、ある時こんなことを言ったことがありました。
「Hちゃんは、もう3人も子どもがいて、立派だ」

Hちゃんは、ぞうかあさんの中学の時の同級生なんです。
ぞうかあさんとちょうど同じ頃に一人目を出産して、その後も2つ違いで二人目と三人目を出産しました。
ぞうかあさんには未知の世界でした。
でも、すごいことだとは想像できます。

そのうち、一人目の育児真っ只中の妹が、口を挟んできました。
「Hさんとお姉ちゃんじゃ、状況が違うじゃない!Hさんは、隣の市に住んでいて、旦那さんの親も近所に住んでるんでしょ。実家にも直ぐに帰って来れるし。お姉ちゃんは一人で子育てしてるんだから、ね!」

なるほど。
妹が、客観的に状況を把握していて、救われました。
祖母は、何も言いませんでした。
祖母も子どもが3人います。
祖父に嫁いで、祖父の両親と同居(それはそれでたいへんなことも多いとは思います)、そして徒歩圏内に実家があります。

当時のぞうかあさんは、二人目のことは考えておらず待っていたわけではないので、未知の世界の「ドウデモイイ話」だったので、なんとも思っていませんでした。
でも、二人目を待ち望んでいる人には、気持ちが揺さぶられるデリケートな話です。
それぞれの家庭の現実を尊重できるといいのですけど。

最近ママ友さんにこんな話をされたので、一人っ子お母さん時代の昔話を思い出したんです。

「家の子にもきょうだいがほしいから、二人目ほしいのよね。でも私の年齢があるから、早い方がいいのかしら」
3歳のお子さんのお母さんだったので、そわそわする時期なのかもしれませんね。
一人っ子のままで、一人を大事に育てていくことも選択肢にある感じでした。

ぞうかあさんだけかもしれませんが、二人目の妊娠出産が一番覚悟がいると思います。
分かっているぶん、踏ん切りがつかない時があります。
二人目考え中のお母さんは、だから気持ちも揺るぎやすいのです。
そういう時に、他の人からの過干渉な言葉はよろしくありません。

だから、
ぞうかあさんは、ぜーったいに
「きょうだいっていいよー」
とは言いません。
実際、きょうだい同士で、日々戦争のようになっていたりして、中立国の立場でお母さんをやることに疲れ切ってしまうこともあるんです。

子どもの数で、お母さんのランクが決まるわけではありません。
子育ての経験数で、お母さんの価値が高まるわけでもありません。

お母さんが育児の年数を重ね、子どもが一つづつ歳を重ねることで、ランクが上がるんです。
お母さんが、どれだけ育児を楽しめたかに価値があるんです。

あの一人っ子お母さんの育児中はたいへんだったけど、ぞうかあさんにとっては、宝箱にしまっておく価値がある素敵な時間でした。



ありがとう、お母さんな私。

今日も一日、「お母さん」を頑張ったあなたは素晴らしい。

自分のために、「ありがとう」。

今日の「ありがとう」が、明日の気持ちの晴れにつながるように。